第0回 プロローグ
長く続く痛みを抱えていると、
人はいつの間にか、こんなふうに思ってしまいます。
「私の体は、どこか壊れてしまったのではないか」
「もう元には戻らないのではないか」
病院で検査をしても
「特に異常はありません」
「年齢のせいですね」
そう言われ続けるほど、その不安は強くなっていきます。
薬は出る。
一時的に楽になることもある。
それでも、根っこにある違和感は消えない。
痛みそのものよりも、
“この先ずっと続くかもしれない”という感覚が、
心と体を静かに追い詰めていくのです。
でも、ここで少しだけ視点を変えてみてください。
もしその痛みが、
あなたを壊すためのものではなく、
あなたを守るために出てきたサインだとしたら?
もし体が、
「もう限界だよ」
「これ以上は無理だよ」
そう伝えようとしているのに、
うまく言葉にできず、痛みという形を選んだだけだとしたら?
私たちの体には、
自分でも気づかないうちに感じ取っている感覚があります。
心拍の速さ
呼吸の浅さ
体のこわばり
落ち着き
安心感
ざわつき
これらをまとめて
内受容感覚(ないじゅようかんかく)と呼びます。
内受容感覚は、
体の内側で起きていることを、
脳や心に伝えるための感覚。
言い換えるなら――
体と心をつなぐ「翻訳機」のようなものです。
本来この翻訳機がうまく働いていれば、
私たちは無理をする前に気づけます。
「ちょっと休んだほうがいいな」
「これは我慢しすぎているな」
でも、
長年の緊張、責任、我慢、恐れ。
「弱音を吐いてはいけない」という思い。
そうした積み重ねによって、
安心の感覚が失われていくと――
この翻訳機は、少しずつ壊れていきます。
その結果、
体の声は小さな違和感としては届かなくなり、
「痛み」という強い表現でしか伝えられなくなるのです。
慢性痛とは、
体が壊れた証拠ではありません。
翻訳されなかった声が、
何度も何度もノックしている状態なのです。
そして、ここでとても大切なことがあります。
それは、
安心が戻ると、翻訳機は少しずつ動き出す
ということ。
安心とは、
「何も問題がない状態」ではありません。
安心とは、
体が
「ここは安全だ」
「もうこれ以上、強く訴えなくてもいい」
そう感じられる状態です。
この連載では、
痛みを無理に消そうとはしません。
代わりに、
・なぜ安心が痛みをほどくのか
・内受容感覚という翻訳機は、どうすれば戻ってくるのか
・慢性痛と脳、心、人生の関係
それらを、
専門用語をできるだけ使わず、
宗教に属さない信仰的価値観と、
体の感覚を大切にしながら、
ひとつずつ紐解いていきます。
もし今、あなたが
「もう治らないのでは」と不安を抱えているなら。
まず知ってほしいのは、
あなたの体は、あなたの味方だということ。
痛みは敵ではありません。
まだ翻訳されていない、体からの声です。
ここから一緒に、
その声を、ゆっくり聴いていきましょう。
静岡・沼津・三島・函南のこころねセラピー:秋山幸徳


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