――「違い」に疲れたあなたへ
こころねセラピーの現場で、慢性痛を抱える中高年の女性たちと向き合っていると、ある共通点に気づきます。
それは——
体の痛みの奥に、「人との違い」による緊張が潜んでいることです。
なぜ、こんなにぶつかってしまうのか
夫と意見が合わない。
子どもと価値観が違う。
職場で「話が通じない」と感じる。
そして心の中で、こんな問いが生まれます。
- 私が間違っているの?
- それとも、あの人が間違っているの?
本当は「違う」だけかもしれないのに、
いつのまにかそれを「間違い」と感じてしまう。
これはあなたの性格の問題ではありません。
脳の働きそのものが、
違いを見つけることを得意としているからです。
脳科学でいう「認知」は、区別する力です。
自分と他人、内と外、安全と危険。
違いを見つけることで、私たちは世界を理解しています。
けれど現代は、この「認知の脳」が過剰に働きすぎています。
- 国籍の違い
- 宗教の違い
- 政治思想の違い
- 経済力の違い
ニュースを見れば、違いの強調ばかり。
そして無意識のうちに、
「違う=危険」「違う=間違い」と結びつけてしまう。
この緊張が、慢性的に体をこわばらせます。
慢性痛と「違い」への緊張
慢性痛の方の体を触れていると、
強い防御反応を感じることがあります。
それは単なる筋肉の硬さではなく、
- 認められたい
- 分かってほしい
- 否定されたくない
という、長年の心の緊張です。
「同じ」でいようと頑張りすぎる。
「違ってはいけない」と自分を抑える。
あるいは逆に、
「違う人」を無意識に遠ざけようとする。
どちらも、体にストレスを生みます。
なぜ「同じ」は安心を生むのか
好きな食べ物が同じ。
好きな歌手が同じ。
出身地が同じ。
「同じでうれしい」と感じた経験、ありませんか?
それは、神経系が
“安全だ”と判断しているサインです。
共通点は、体をゆるめます。
違いへの警戒は、体を固めます。
慢性痛の背景には、
この“警戒のクセ”が隠れていることが少なくありません。
けれど、日本社会は「同じ」に固執しやすい
日本はとくに「同じ」であることを重んじる文化があります。
同じ大学
同郷
同じ会社
「同じ」であることで安心する。
しかしその裏で、
「違い」を排除する力も働きやすい。
- 目立ってはいけない
- 空気を読まなければ
- 波風を立ててはいけない
あなたが“他人軸”に疲れているのは、
この圧力の中で長年生きてきたからかもしれません。
自分軸とは「違い」を持つ勇気
自分軸を持つというのは、
他人と対立することではありません。
それは、
私はあなたと違う部分もある
でも、同じ部分もある
と同時に認めることです。
本来、人は
「みんな同じで、みんな違う」存在です。
- 体の構造は同じ
- 感情の仕組みも同じ
- でも、価値観や人生経験は違う
この両方を抱えられるとき、
体の緊張はゆるみ始めます。
他人軸から抜ける第一歩
もし今、あなたが
- いつも誰かに合わせてしまう
- 正解を探してしまう
- 間違えたくないと緊張している
のだとしたら、まず問いを変えてみてください。
❌「誰が正しい?」
⭕「どこが同じで、どこが違う?」
正しさを競うと、交感神経が高まります。
違いと共通点を観察すると、副交感神経が働きます。
これはスピリチュアルな話ではなく、神経生理学的な事実です。
こころねセラピーが大切にしている価値基準
こころねセラピーでは、
「みんな同じで、みんな違う」という価値基準を大切にしています。
痛みを抱えているあなたも、
他の誰かと同じように傷つき、
同じように愛を求めています。
でも、その表現の仕方は違う。
違いは、間違いではありません。
違いは、個性であり、人生の物語です。
そして——
違いを否定しなくなったとき、
体は驚くほど静かになります。
最後に
「同じ」にこだわると、違いが怖くなる。
「違い」にこだわると、孤独になる。
本来の人間は、
その両方を抱えられる存在です。
他人軸に疲れたあなたへ。
自分軸とは、
「私は私でいい」と言いながら、
「あなたもあなたでいい」と言える状態。
そこに立てたとき、
心も体も、少しずつ整い始めます。
静岡・沼津・三島・函南のこころねセラピー:秋山幸徳


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