静岡・沼津・三島・函南のこころねセラピーの秋山幸徳です。
日本は不思議な国です。
明治以前には「霊」の存在を当然のこととしてきたのに、
今では過去の欧米に追従して、この種の現象を真面目に考えようとしない風潮が、
特に科学者のあいだに強くあります。欧米諸国はこの方面で、ある意味ではむしろ昔の日本に近づきつつあるのに、
逆に日本が、過去の欧米の水準から一歩も進もうとしないのは、
まことに皮肉というほかありません。――京都大学 カール・ベッカー教授
この言葉を読んで、あなたはどう感じましたか?
「霊」や「目に見えないもの」という言葉に、
少し身構えてしまった方もいるかもしれません。
でも、ここで語られている本質は、
オカルトの話ではありません。
これは、「人間が何を大切にして生きてきたか」
そして、「私たちは何を切り捨ててきたのか」という、とても現実的な問いなのです。
かつての日本では「見えないもの」が生活の中心にあった
明治以前の日本では、
- ご先祖の存在
- 自然の気配
- 空気、間、場の雰囲気
- 心の動きや違和感
こうした目に見えないものが、
生き方の指針として当たり前に尊重されていました。
それは「非科学的」だからではなく、
人間が安心して生きるために必要だったからです。
ところが近代以降、日本は急速に「欧米型の合理主義」を取り入れました。
- 数字で証明できるもの
- 効率や成果
- 正しさ、正解
それらは確かに社会を発展させましたが、
同時に、心の感覚を置き去りにしてきたのも事実です。
なぜ今、中高年ほど「生きづらさ」を感じやすいのか
特に中高年の方は、
- 言われた通りに頑張ってきた
- 社会の正解を信じて努力してきた
- 家族や職場の期待に応えてきた
そうやって生きてきた方が多いはずです。
それなのに、ある時ふと、
- 何のために生きているのかわからない
- 頑張っても満たされない
- 体や心が言うことをきかなくなった
そんな感覚に襲われることがあります。
これはあなたが弱いからではありません。
「見えないものを切り捨てる生き方」を、
長年続けてきた結果、
自分軸が空っぽになってしまっただけなのです。
実は欧米は「見えない領域」に戻り始めている
ベッカー教授が指摘している重要な点はここです。
欧米諸国では今、
- 死生観の研究
- 意識や心の科学
- スピリチュアルケア
- 宗教に属さない精神性
こうした分野が、学問として真剣に扱われ始めています。
つまり彼らは、
「合理主義だけでは、人は幸せになれない」
という限界に気づき、
昔の日本が大切にしていた価値観に近づいているのです。
一方で日本は、
- 「そんなものは非科学的だ」
- 「考えても意味がない」
- 「気のせいだ」
と切り捨て続けている。
これが、教授の言う「皮肉」なのです。
「霊」という言葉が指している本当の意味
ここで誤解してほしくないのは、
この話は「霊が見える・見えない」という話ではない、ということ。
本質は、
- 人の想い
- 心の痛み
- 過去の経験の影響
- 生き方の意味
こうした目に見えない要素を、ちゃんと扱っていますか?
という問いです。
それを無視して、
- もっと頑張れ
- 考えすぎるな
- 気にするな
と言われ続けた結果、
多くの人が心と体の不調を抱えています。
自分軸を取り戻す第一歩は「感じることを許す」こと
自分軸を取り戻すために、
難しい思想や信仰は必要ありません。
まず大切なのは、
- なんとなくの違和感
- 説明できない疲れ
- 理由はわからないけど苦しい感覚
こうしたものを、
「なかったこと」にしないこと。
かつての日本人は、
それを「霊」や「気配」という言葉で表現していただけです。
言葉は何でも構いません。
大切なのは、あなた自身の感覚を信じることです。
おわりに:合理性の先にある、人間らしさへ
もし今、
- 生きる意味がわからない
- 自分が空っぽに感じる
- どこかで無理をしている気がする
そんな思いを抱えているなら、
それは「成長のサイン」かもしれません。
見えないものを大切にする生き方は、
決して時代遅れではありません。
むしろこれからの時代に、
もう一度必要とされる人間らしさなのです。
あなたがあなた自身の感覚を取り戻すこと。
そこから、静かに人生は変わり始めます。

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