――「見える世界」から「見えない世界」へ、ほんとうの意味での目覚め
1.「科学」はいつのまにか“信仰”になっていた
静岡・沼津・三島・函南のこころねセラピーの創始者、秋山幸徳です。
私たちは子どものころから、「科学的であることこそ正しい」と教えられて育ちました。
それはまるで、「科学」という名の新しい宗教の信者になるように、社会全体が教育されてきたとも言えるでしょう。
「科学的根拠のないものは信じてはいけない」
「目に見えないものは存在しない」
「感情よりもデータを信じなさい」
そう言われ続けてきた結果、多くの人が“心”という最も人間的な領域を疑い、無視し、切り離してきました。
けれども――あなたも感じているように、科学では説明できない苦しみがあります。
レントゲンやMRIでは「異常なし」と言われても、体は痛い。
数字では「問題なし」と言われても、心は壊れそう。
実はその違和感こそが、「科学という宗教」を卒業する時期が来ているサインなのです。
2.科学とは「条件つきの真実」にすぎない
科学とは、本来「一定の条件下で再現できること」を追求する学問です。
つまり――科学の真実とは、“条件つき”の真実にすぎません。
ところが私たちは、その「条件つき」を忘れてしまっています。
「科学的に正しい」と言われると、それが絶対的な真実であるかのように信じ込んでしまうのです。
けれども、歴史を振り返れば、科学の“真実”は何度も書き換えられてきました。
3.「条件」が変われば“科学の真実”も変わる ― その実例たち
たとえば、かつて地球は「宇宙の中心」だと信じられていました。
太陽は地球のまわりを回っていると教えられ、異を唱えた人は「異端」として迫害されました。
しかしいまでは、「地球が太陽のまわりを回っている」ことが常識です。
また、医学の世界でも常識は何度もひっくり返っています。
・昔は「胃潰瘍の原因はストレス」と言われていましたが、のちにピロリ菌の存在が発見されました。
・かつては「脳細胞は一度死ぬと再生しない」と信じられていましたが、今では「神経細胞も再生する」ことが確認されています。
・栄養学でも、脂質は“悪”とされた時代がありましたが、今では「良質な脂は健康に不可欠」と言われています。
つまり、“科学的に正しい”とは、「その時代の条件下でそう考えられている」ということにすぎません。
条件が変われば、科学の正しさも変わります。
それは科学の限界ではなく、科学の本質です。
4.それでも私たちは“絶対的な真実”として信じてしまう
なぜ私たちは、そんな条件つきの知識を“絶対”だと思い込んでしまうのでしょうか。
それは、「わからないこと」を怖がる心があるからです。
人は、不確かなもの・見えないものに耐えられないとき、「信じられる枠」を欲しがります。
宗教がそうであったように、いまの時代では“科学”がその枠になっているのです。
けれども、科学には“心”も“魂”も測れません。
あなたが抱えている痛み、孤独、悲しみ――それらを数値化して理解することは、どんな機械にもできません。
だからこそ、見えることだけを信じる生き方は、私たちの心をどんどん貧しくしてしまうのです。
5.目に見えないものこそ、永遠で普遍の真実
この世界には、「科学が証明できないけれど、確かに存在するもの」があります。
・愛
・祈り
・信頼
・思いやり
・命のつながり
・自然のリズム
・人と人の“縁”
これらは目に見えないけれど、誰もが感じたことがある「真実」です。
愛や思いやりを失った社会がどんなに“効率的”でも、そこに幸せはありません。
逆に、どんなに科学が進歩しても、愛を忘れた瞬間に人間は孤独になります。
つまり――見えないものこそが、永遠で普遍の真実なのです。
科学は「条件つきの一時的な真実」。
心や魂の領域は「永遠に変わらない真実」。
この2つを区別することが、これからの時代を生きるうえでとても大切になります。
6.「見えるものファースト」から「見えないものファースト」へ
現代社会は、「見えるもの」ばかりを重視してきました。
お金・数字・地位・データ・結果――すべては目に見える“成果”で評価される世界です。
でも、その結果どうなったでしょうか。
地球は疲れ、自然は壊れ、人の心はボロボロになりました。
痛みを抱えながらも頑張り続けるあなたのように、誰もがどこかで「見えない痛み」を抱えています。
だからこそ、いま必要なのは――
見えるものファーストから、見えないものファーストへの転換です。
それは、
・数字よりも“心の声”を聴くこと
・効率よりも“やさしさ”を選ぶこと
・成果よりも“いのち”を尊ぶこと
そんな価値観へのシフトです。
この転換なしに、真の意味での“持続可能な社会”はありえません。
地球も人も、心のバランスを取り戻さなければ、どんなテクノロジーも私たちを救えないのです。
7.科学を否定するのではなく、“卒業”する
ここで誤解してほしくないのは、「科学を否定する」ということではありません。
科学は人類の叡智のひとつであり、私たちの暮らしを豊かにしてくれました。
ただ、それを“絶対視”する時代は終わったのです。
科学はあくまで「道具」であり、「神」ではありません。
道具を使う私たち自身が、見えない真実――すなわち「心」「魂」「つながり」に目を向けてこそ、科学も本来の役割を果たします。
科学を“卒業する”とは、
科学を超えて、「人としての全体性」を取り戻すこと。
そして、目に見えない世界を恐れず、信じて生きる勇気を持つことです。
8.見えない世界へのまなざしが、あなたを癒す
あなたがもし今、「心も体も疲れきっている」と感じているなら、
それは、“見える世界”だけで生きてきたことのサインかもしれません。
頑張っても、報われない。
数値で表せない痛みを、誰もわかってくれない。
そんなときこそ、見えない世界――心・魂・祈り・愛――に立ち戻る必要があります。
その世界には、**「正しさ」ではなく「やさしさ」**があります。
科学では測れないけれど、確かにあなたを包みこむあたたかさがあります。
そして、そのあたたかさこそが、あなたの痛みを本当の意味で癒していく力になるのです。
9.さいごに ― “見えないもの”からはじめる未来へ
「科学という宗教を卒業する」というのは、
“理屈”の世界から、“いのち”の世界へと帰ることです。
私たちは、もう一度、
「見えないもの」を信じる力を取り戻すときに来ています。
それは過去に戻ることではなく、
新しい未来への扉を開くことです。
あなたが心の奥で感じている“何か”――
それこそが、見えないけれど確かな真実です。
科学の光が届かないその静けさの中で、
あなた自身の“ほんとうの答え”が、ゆっくりと姿をあらわすでしょう。


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